スキル需要予測を一つの数字で報告すると研修予算が歪む。英国の公的見通しを手がかりに、予測を支える三つの仮定と基準年データの限界、感度分析で見つける閾値、下限と上限を分けて計上する様式、予測が外れたときの再調整ルールを人材育成の実務向けに整理する。

スキル需要予測で一つの数字を信じるほど計画は危うくなる

「予測は点ではなく幅で示す」という見出しと、一点から広く開くフラットな扇一つを配したスキル需要予測の誤差範囲のアイキャッチ画像

来年度の研修予算を配分する会議に、一枚の要約が上がる。たとえば「2035年までに当該職種が4万人不足」という一行である。会議はその一行を根拠に講座数を割り、講師を配置し、プラットフォームのライセンスを増やす。ところが、その4万がどの仮定から出たのか、仮定を一つ変えれば2万になるのか8万になるのかは誰も問わない。数字が一つだったからである。幅を知っていれば変わったはずの判断が、幅が消されたという理由だけで通ってしまう。

スキル需要予測とは、ある時点で組織や産業が必要とする能力の量と構成を推計する作業であり、その結果は本来一つの値ではなく、どの仮定を選んだかで動く区間である。予測期間が延びるほど区間は広がる。狭く見える予測は精度の高い予測ではなく、仮定を隠した予測にすぎない。

人材育成の立場からの結論は明確である。予測の的中率を上げるより、外れうる幅を併記し、意思決定がその幅の中で行われるようにするほうが実務的だ。 担当者が制御できるのは未来ではなく予算と講座設計であり、その二つは幅さえ分かれば十分に違う組み方ができる。

416,000人と813,000人は別々の予測ではなく同じ予測の両端である

英国Skills Englandが2026年6月に公開した年次スキル報告書で、創造産業の重点職種の2025年から2035年の増加規模は、主シナリオが416,000人(26.9%)、代替シナリオが813,000人(50.7%)である。同じ機関、同じ職種、同じ期間でありながら、二倍近い差が誤りや訂正ではなく公式の成果物の中に並んで載っている。

先端製造は逆方向に開く。主シナリオが47,000人(12.6%)、代替シナリオが24,000人(6.4%)である。ここでは主シナリオのほうが楽観側になる。創造産業では代替が上、先端製造では代替が下という事実だけで、「代替シナリオは保守的な見通し」という思い込みが崩れる。代替とは方向ではなく、別の仮定の束にすぎない。

スキル需要予測の主シナリオと代替シナリオの増加規模を並べて示したSkills England年次スキル報告書のFigure 9

年次スキル報告書の原文47ページ、Figure 9。同じページの上部には、AI導入が加速すれば生産性が上がり、新規人材の需要はむしろ減りうるという注記が置かれている。

労働市場の変化を見通す作業はもともと不確実で、予測期間が延びるほど不確実性が増すという前提が、この表のすぐ手前に置かれている。引用する側が主シナリオの数字だけを抜き出せば、前提は消えて数字だけが残る。引用の過程で誤差範囲が蒸発するこの区間こそ、実務で最も頻繁に起きる歪みである。

一点予測と幅の予測は要員計画の会議で違う問いを生む

数字を一つ出すか区間を出すかは、報告様式の好みの問題ではない。会議で最初に出る問いが変わり、その問いが予算計上と講座設計を変える。

比較軸 一点予測:数字が一つ 幅の予測:意思決定の区間
報告様式 「2035年までに4万人不足」 「仮定により2万〜8万人、中心は4万人」
会議の第一声 「で、何人を育成するのか」 「どの仮定が変われば結論が変わるのか」
予算計上 中心値に合わせた固定計上 下限は確定計上、上側は条件付き予備費
講座設計 目標人数に合わせた大規模一括講座 共通コアに、需要確定後に増設するモジュール
外れたとき 予測失敗と見なし担当者を追及 事前に定めた再調整基準を発動
残る記録 数字が一つ 仮定、根拠、見直し日、廃止条件

一点予測が危ういのは、外れるからではない。外れるはずのものを、組織が確定した事実として扱いはじめるからである。4万という数字が一度資料に載れば、次の会議からは根拠ではなく前提に変わる。

幅の予測は会議を遅くすると誤解されやすい。実際には判断の順序を変えるだけである。下限に当たる需要は今のうちに確定して計上し、上側の区間はどの条件が確認できたら執行するかを先に書いておく。判断を先送りするのではなく、判断を二つに分ける方法である。

その数字を作ったのはデータではなく名前のついた三つの仮定である

創造産業の主シナリオ416,000人は、三つの仮定の上に立つ。産業別計画の投資目標が半分だけ達成され、就業者一人当たり付加価値が予算責任庁の高生産性シナリオに沿って伸び、重点職種が当該産業の中でこれまで以上の比重を占める、という三つである。代替シナリオの813,000人は、同じ場所に別の仮定を入れる。投資目標が全額達成され、付加価値が伸び続け、AIの生産性効果がいわゆるJ字曲線をたどる、という置き方である。

二つの数字の差397,000人を作ったのはデータ品質ではない。三つの仮定をどちら側に置いたかである。先端製造も同じで、主シナリオは技術進展が新たな職を生むとする技術機会シナリオを、代替はより保守的なベースラインを当てて47,000人と24,000人に分かれた。

ここから実務が持ち帰る規則は単純である。報告の単位を「結果の数字」から「仮定の束とその結果」へ変える。社内の需要予測記録には、少なくとも次を併記する。

  • 使用した仮定の名称と各仮定の値、そしてその値を選んだ根拠。
  • 仮定を置いた担当者と承認者、作成日と次回見直し日。
  • この予測がどの判断に使われるか、その判断を撤回する費用はいくらか。
  • 仮定が崩れたと判断できる観察可能な兆候と、その確認周期。
  • 予測を廃止すべき条件と、廃止時にすでに執行した予算の扱い。

仮定を書き残せば、外れたときに何が外れたのかが分かる。書き残さなければ数字だけが外れ、学習は残らない。

減少見通しを0に固定すると幅の下側がまるごと消える

技術附属書には、実務者が見落としやすい処理規則が一つある。所管省庁が重点職種の人員規模を2025年から2035年にかけて減少すると見通した場合、その需要を減少ではなく横ばいに固定した、というものである。結果としてその職種の増加率は0と表示される。

スキル需要予測の手法が部門ごとに異なり、減少見通しを0に固定すると記したSkills England技術附属書の第2章

技術附属書の原文3ページ。部門ごとに手法が異なるという注記と、減少見通しを横ばいに固定した規則が、同じページの上部に並んで書かれている。

この処理は公開資料の整合性を保つための選択だが、人材育成の担当者にとっては最も必要な情報が切り落とされた状態を意味する。配置転換と再教育の需要は、伸びる職務ではなく縮む職務から生まれるからである。どの職務が何パーセント減るのかが消えて0と表示されれば、その人員をどこへ動かすかを計画する根拠も一緒に消える。

下側が切られた例は他にもある。クリーンエネルギー部門はもともと2030年までの見通ししか提供されず、2030年から2035年は成長率を横ばいに置いて埋めた。中間年は直線的な増加といった単純化の仮定で補った。見た目には2035年まで続く一本の曲線だが、後半の5年は予測ではなく穴埋めである。

社内予測でも同じ切断が起きる。減少が見込まれる職務を表から外したり0と置いたりする慣行は社内政治の上では珍しくないが、その瞬間に区間の下半分が消え、予測は成長方向にだけ開いた片側だけのものになる。

基準年データの限界は予測を始める前からすでに入っている

予測の誤差は未来を推計する段階だけで生まれるのではない。出発点である基準年の数字にすでに入っている。

  • 職種別の人員規模が標準職業分類に基づく自己申告調査から来ていれば、分類の誤りが混じる。実数とずれるという注記は原典にも明記されている。
  • 現時点の断面を撮った値は、需要が現在の供給と一致していると仮定する。すでに不足している状態なら、不足分は最初から計算に入らない。
  • 政策変更や国際的な人材流入といった構造要因は反映されない。
  • 標準職業分類そのものが近似であり、改修・レトロフィットのように新しく生まれた専門職務はうまく捕捉できない。
  • デジタル・技術部門の見通しは、2011年から2024年に観察された成長率が2025年から2035年も続くという仮定の上にあり、原典はこの数値を例示としてのみ扱うこと、詳細な政策判断に使わないことを併記している。

英国の見通しの土台になった長期雇用予測の研究でも、国家統計局の労働力調査に符号付けの誤りが2022年に判明し、その影響を別の作業文書で整理する必要が生じた。元データの問題が後から表面化すれば、その上に積んだ予測すべてが揺らぐ。

社内に移せば問いは一つに絞られる。自社のスキルギャップの数字は、基準年データがいつ更新されたものか。職務記述書が3年前のままで、スキルのタグ付けもその時点のものなら、精緻な予測モデルを載せても出発点がすでにずれている。

部門間の比較を禁じた数字を並べて予算を配分してしまう

同じ報告書の中でも部門ごとに手法が違うため、部門間の直接比較は避けるべきだという注記が付いている。重点職種の選定方法、見通しの手法、代替シナリオの設計を、所管省庁がそれぞれ選んだからである。

ところが予算会議は本質的に比較する場だ。クリーンエネルギーの重点職種が70%を超えて増える必要があり、専門・ビジネスサービスは8.8%増えるという二つの数字が一つの表に並べば、読む側は自動的に優先順位を付ける。二つが違う手法で作られたという事実は、表の上には表示されない。

社内でも同じことが起きる。事業部ごとに異なるやり方で算出したスキルギャップの数字が一つのダッシュボードに集まれば、その瞬間から比較可能な指標に見える。ある事業部は管理職アンケート、別の事業部は求人票の分析、また別の事業部は前年実績の延長で出していても、画面の上では区別されない。算出手法と基準年を併記しなければ、比較できない数字が比較される。

AI露出が大きい職種ほど予測は過大推計に傾く

重点職種のうち2025年から2035年に最も増えると見通されたのは介護職の199,000人で、次がプログラマーとソフトウェア開発専門職の192,000人である。ところがこの二番目の職種群こそ、AI関連の変化を最も大きく受ける側にあたる。

Skills Englandはこの緊張を隠さなかった。AI導入が加速すれば生産性が上がり新規人材の需要はむしろ減りうると記しながら、調整するだけの根拠がまだ十分でないという理由で、省庁が提出した見通しをそのまま載せた。その代わり、AI露出の大きい職種の見通しには高い不確実性が内在し、デジタル職務は過大推計になっている可能性があると明記した。

実務が読み取るべき含意は居心地が悪い。最も大きく積まれた数字が、最も揺れる数字である。研修予算で最も積極的に増やしたい項目が、よりによって誤差の最も大きい項目だという意味になる。

ならば処方も変わる。AI露出の大きい職種には、大規模な先行投資ではなく短い周期と小さいコホートを使う。半年単位で少人数を育成し、実際の配置を確認してから次のコホート規模を決めれば、見通しが過大推計と判明しても撤回できる範囲で損失が止まる。露出が小さく需要が安定した職種でのみ、長期の大規模計上が正当化される。

感度分析はシナリオを増やす作業ではなく結論が反転する点を探す作業である

感度分析をシナリオの数を増やすことだと理解すると、楽観・標準・悲観の三枚が増えるだけで判断は変わらない。三つの数字をすべて見せても、会議は結局まん中の値を選ぶ。

本来の感度分析は問いが違う。どの仮定をどれだけ動かせば、自社の判断が実際に反転するのか。その一点を見つけて文章として書き残すことが目的である。

  • 中心見通しの4万人では、新規採用と入社時研修の講座を新設するのが答えになる。
  • 需要が3万人を下回れば、新設ではなく社内の配置転換研修が答えに変わる。
  • したがってこの判断の閾値は3万人であり、閾値を作る仮定は当該事業の受注量という一つの変数である。
  • ゆえに四半期ごとに追う指標は、需要見通し全体ではなく受注量一つに絞られる。

閾値を文章にしておけば、監視のコストが大きく下がる。予測全体を毎四半期回し直す必要はなく、結論を反転させる仮定を一つか二つ見ればよいからである。閾値が現在値からかなり遠ければ、その予測はこれ以上精緻化する理由がないという判定も同時に出る。精緻化すべき予測と、そのままでよい予測を分ける基準がここで生まれる。

日本の要員計画はJILPTの三シナリオを一本の数字に丸めてしまう

日本には、幅で示された公的な需給見通しがすでにある。労働政策研究・研修機構が公表した2023年度版の労働力需給の推計は、2040年までの姿を三つのシナリオで描く。成長実現・労働参加進展シナリオ、成長率ベースライン・労働参加漸進シナリオ、一人当たりゼロ成長・労働参加現状シナリオである。名称そのものが、結果ではなく仮定の束を指している点に意味がある。

問題は受け取る側にある。中期経営計画や要員計画の資料に載る段階で、三つのシナリオは往々にして一本の数字へ丸められる。稟議書の様式が単一の値を求めるからだ。「必要人員」「育成対象人数」「想定削減額」の欄がそれぞれ一つずつしかなければ、担当者が幅を把握していても様式が中心値を強制する。その欄に区間を書けば、審査の過程で「結局いくつなのか」と問い返される。

変えるべきは三つある。需要の欄を下限・中心・上限の三つに分ける。その横に仮定の欄と見直し日の欄を付け、数字と根拠が切り離されないようにする。そして承認自体を二つに割り、下限に当たる金額は確定計上、上側の区間は条件付き予備として分けて承認する。

評価の基準も併せて変える必要がある。多くの組織は事後に「予測が当たったか」を問う。この基準は、担当者に当てやすい狭い数字を出す動機を与える。実際に見るべきは、仮定を明示したか、閾値を先に決めたか、兆候が閾値を越えたときに決めたとおりに動いたかである。予測の精度ではなく予測の扱い方を評価してはじめて、担当者は正直な幅を出せる。

予測が外れたとき何を戻すかを先に書いておく

再調整ルールは、予測が外れてから作るのでは遅い。その時点ではすでに予算が執行され、責任の所在を問う会話が始まっている。ルールは予測を承認する場で一緒に書く。

  • 起動条件:どの指標がどの値を上回るか下回れば、見直しを始めるのか。
  • 担当と期限:誰が何日以内に検討し、誰に報告するのか。
  • 調整対象:何を増やし、何を止め、何はそのままにするのか。
  • 撤回費用:すでに執行した中で回収できる項目とできない項目はそれぞれ何か。
  • 記録場所:再調整の判断と根拠をどこに残し、次の予測へどう反映するのか。

要点は、予測をやり直す手順ではなく判断をやり直す手順だという点にある。二つの周期は分ける。予測の更新は年1回で足りる場合が多いが、閾値の兆候確認は四半期単位でなければ意味がない。更新周期と確認周期を同じものにまとめると、兆候が閾値を越えてから数か月経って見直しが始まる。

撤回費用を先に分けておく作業も重要だ。社内講師の養成やコンテンツの内製は戻しにくく、外部講座の購入やライセンス席数は比較的調整しやすい。不確実性の大きい職種ほど、戻しやすい形で計上することが幅の予測の実装にあたる。

スキル需要予測の品質は的中率ではなく六つの記録で判定する

予測の品質を事後の的中率で測れば、組織は当てやすい予測だけを出すようになる。代わりに次の六つを見る。

  1. 仮定の明示率:予算に反映された需要の数字のうち、仮定と根拠が併記されている割合はどれだけか。
  2. 幅の根拠:下限と上限がどの仮定の変化から出たのかが説明されているか、それとも任意の加減か。
  3. 下限の切断:減少が見込まれる職務を0や空欄で処理し、区間の下側を消した項目はいくつあるか。
  4. 閾値の保有率:主要な判断のうち、「どの値を下回れば別の選択をする」という文章を持つ割合はどれだけか。
  5. 再調整の発動履歴:兆候が閾値を越えたとき実際に見直しが開かれたか、開かれたなら何日かかったか。
  6. 基準年の更新日:予測の出発点になった職務・スキルのデータが最後に更新された日付はいつか。

この六つを一つの総合点へ混ぜない。明示率が高くても閾値がなければ記録が増えただけであり、閾値があっても基準年データが古ければ、誤った出発点から精密に計算したことになる。項目ごとに分けて見て、最も弱い項目から直す。

幅を示すことは責任逃れではなく責任の出発点である

数字を一つ出すほうが自信があるように見えるという印象は、古い誤解である。実際は逆だ。一つの数字は、何が外れうるかを検討しなかったという意味か、検討したが報告の過程で消したという意味かのどちらかである。いずれにせよ、その数字が外れたとき組織は何を直すべきか分からない。

幅を示すとは、三つを併せて出すという意味である。この数字を作った仮定、その仮定が揺らげば結論が反転する点、反転したときに実行する再調整ルールの三つだ。これがあれば、予測が外れても組織は慌てない。先に書いておいたとおりに動けばよい。

人材育成における需要予測の目的は、未来を当てることではない。いま確定してよい投資と、条件が確認できるまで待つべき投資を分けることである。その区分は正確な数字ではなく正直な幅から生まれる。下限に当たる需要はすでに確実だから今計上し、上側の区間は兆候を決めて待つ。こう分けておけば、予測が楽観側へ外れても過剰投資が残らず、悲観側へ外れても対応が遅れない。

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参考文献

  • Skills England, Skills England: annual skills report 2026, 2026: https://assets.publishing.service.gov.uk/media/6a47c33a045e1108aaa5eb48/Skills_England_annual_skills_report_2026.pdf
  • Skills England, Skills Needs Assessments technical annex, 2026: https://assets.publishing.service.gov.uk/media/6a18585159fb7a60f827f48a/sna_technical_annex.pdf
  • Institute for Employment Research, Cambridge Econometrics, National Foundation for Educational Research, The Skills Imperative 2035: Occupational Outlook – Long run employment prospects for the UK, 2022: https://www.nfer.ac.uk/publications/the-skills-imperative-2035-occupational-outlook-long-run-employment-prospects-for-the-uk/
  • 労働政策研究・研修機構, 2023年度版 労働力需給の推計―労働力需給モデルによるシミュレーション―, 2024: https://www.jil.go.jp/institute/siryo/2024/284.html